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京都簡易裁判所 昭和27年(ハ)46号 判決

原告 野尻とよ 外四名

被告 赤松茂

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、事  実

原告等は野尻捨次郎と被告間の当裁判所昭和二三年(イ)第七号損害賠償金請求和解事件の和解調書に基く強制執行は許さずとの判決を求め、その請求の原因として右和解事件について野尻捨次郎と被告間に昭和二十三年六月四日当裁判所において左の条項により和解が成立した。

一  野尻捨次郎は被告に対し金三十八万七千三百十一円の支払義務あることを認め、昭和二十三年六月三十日金五万七千三百十一円、同年七月三十日より同年十一月三十日まで毎月三十日に金五万円宛、同年十二月二十日金八万円を被告住所に持参支払うこと。

二  右捨次郎が右支払を一回にても怠つたときは分割払の利益を失い催告を要せず残額一時に請求を受けるも異議がない。

ところが右和解はつぎに述べる通り第一法律行為の要素に錯誤があり、第二右和解において捨次郎を代理した弁護士杉原弁太郎は、被告が捨次郎から徴した白紙委任状によつて被告の代理人であつた弁護士池田弁護士が選任したものであるから、昭和八年法律第五十三号弁護士法第二十四条に違反し権限のない代理人によつてせられたものとなるから無効である。

第一、昭和二十三年一月下旬捨次郎は訴外井谷正澄に対し北海道産生魚粕肥料三車分七千二百貫(一車は二千四百貫包装して百二十玉、一玉二十貫)を代金百四十四万円(十貫につき二千円)履行地北海道釧路市、履行期同年二月下旬、買主が荷送り先を指定するときは、売主は運賃自己負担にてその指図に従うことの特約をもつて売約した。そして捨次郎は右物品を北海漁業株式会社と交渉して準備していたが、右訴外者の申出により履行期を同年三月二日と変更し、同日右履行地において立会の上引渡に着手したところ右訴外者は三十七万円しか持合せがないから数量を一車分に変更されたいと申出た。三十七万円では一車分にも足りないので、捨次郎は当惑したが結局その金額の範囲内で引渡をすることに話をきめ同年三月五日三十七万円を受取り生魚粕肥料千七百五十貫を引渡した。そして指図によりこれを奈良県王子駅に輸送の手配をなし、この輸送につき興亜海上保険株式会社に保険を付してその保険料千二百二十五円を荷造費千四百四十円を各立替え支払つたが、捨次郎の負担すべき送料を右北海漁業株式会社が立替支払つたのでこれらを差引き計算すると捨次郎は、右訴外者に一万八千三百三十五円を返還すべきこととなり同年三月二十八日これを返還して清算ができた。ところが右売買は右井谷が訴外豊吉加と共同で奈良県北葛城郡志津美村農業会等に転売して利益を得る意図の下になされ、その代金三十七万円は被告が出資したものであつた。それなのに右農業会等は予期の通り買付をしなかつたので計画にそごを来し損害を受けることとなつた。ここにおいて被告と右訴外豊吉とは右井谷と協議して損害を捨次郎に転嫁せんことを計り、昭和二十三年五月四日井谷の使用人永井利和を捨次郎方に使し、留守居野尻〓をして白紙に捨次郎の印を捺印せしめて交付を受けこれを使用して、捨次郎が被告に対し損害金三十八万七千余円の支払義務ある旨の証書を作成しておき同年六月三日被告は豊吉、井谷及弁護士池田留吉と共に捨次郎方に来り、右売買は乾燥魚粕肥料一荷車二千四百貫の約束であるのに生魚粕肥料八百六十四貫を送つたに過ぎず、しかもこの八百六十四貫も腐敗し使用にたえなかつたと称しこれに因つて生じた損害を支払えと要求した。ところが右売買について捨次郎は代理人疋田徳三郎をして取引の衝に当らしめ前記顛末を当時詳にしていなかつたので、

(イ)  捨次郎は右井谷正澄に三十八万七千三百十一円の損害金を支払うこと。

(ロ)  右井谷は右債権を被告に譲渡し捨次郎はこの譲渡を承認すること。

(ハ)  右債務の支払方法を昭和二十三年六月三十日金五万七千三百十一円、同年七月から十一月まで毎月三十日に金五万円宛、同年十二月二十日金八万円と定める。

(ニ)  右分割弁済を一回でも怠つたときは分割弁済の利益を失い残額を即時支払うこと。

(ホ)  右契約を確実にするために京都簡易裁判所においてこの趣旨の和解をなすこと。

を承諾しこの趣旨の契約書を作成し署名し捺印しこれに基いて本件和解ができた。

然しながら本件和解後に至り敍上の通り捨次郎においては何等の違約はなく、従つて損害賠償の債務を負担すべきでなかつたことが明かになつたから契約の要素に重大な錯誤がある。

第二、本件和解は弁護士杉原弁太郎が捨次郎の代理人、弁護士池田留吉が被告の代理人として成立した。しかしながら被告の代理人たる池田留吉は捨次郎から被告に交付された白紙委任状に捨次郎の承諾を得ずして、代理人を杉原弁太郎、その他代理権限を補充して弁護士杉原弁太郎を捨次郎の代理人に選任したわけであるから、右池田弁護士の行為は当事者の保護を目的とし弁護士として誠実に職務を執行し品位をけがすことなからしめんとする昭和八年法律第五十三号弁護士法第二十四条に違反し和解は無効である。と述べた。<立証省略>

被告は主文同旨の判決を求め答弁として原告主張の通りの裁判上の和解のあつたことは認めるも、その主張のような錯誤のあつたことは否認する。また右和解について被告の代理人であつた弁護士池田留吉が捨次郎から白紙委任状の交付を受けた被告から、これを受取り補充して弁護士杉原弁太郎を捨次郎の代理人に選任したことは認めるも、これが弁護士法第二十四条に違反することは争う。訴外井谷正澄は捨次郎から昭和二十二年十一月三十日上等乾燥魚肥二千四百貫を代金五十二万八千円(一貫二百二十円替)和歌山県妙寺駅渡、履行期昭和二十三年一月中旬と定めて買受けることを約し同年十二月二日代金の内金十万円を支払つたところ、その後履行期に至り上等乾燥品皆無なるにより生魚肥料に変更せられたいとの申出があつたので、右訴外者はこれを承諾し右契約を変更して北海道産生魚肥料一車二千四百貫代金四十八万円(一貫につき二百円)和歌山県妙寺駅渡し、履行期昭和二十三年二月二十八日と定め先に渡した金十万円を内金として振替えた。そして更に同年二月二十日一車分増加することを約し同年三月五日内金として三十七万円を支払い、この増車分は奈良県関西線王子駅で同年三月十五日残金十一万円と引換えに引渡すことを特約した。然るに捨次郎の代理人疋田徳三郎から右増車分を伏木港に回送した旨通知があつたから、捨次郎に至急約旨の通り王子駅に輸送するよう要求したが、捨次郎は言を左右にしてこれに応ぜず止むを得ず伏木港に出向いたが、現品見当らず再び四月上旬赴いたところ現品はあるも著しく腐敗し、被告の転売先奈良県志津村農業会に対しては引渡不可能なりと考え、この旨捨次郎に通告すると同時に取敢えず適宜処置として大阪市今宮駅に回送し、立会の上品質の審査及検量を要求した捨次郎は止むを得ざるにより処分せられたいと回答したから、丸通運送株式会社今宮営業所営業係長竹治幸令立会検量の結果八百六十四貫あり、これを代金八万四千二百円で処分した。そして結局において捨次郎は約旨にそい現品を送附せず右売買はいづれも不履行に終つたわけであるところが、右訴外井谷が捨次郎に交付した代金はいづれも被告が使用人豊吉加の手を経て出資したものであつたので被告は右井谷、豊吉と共に捨次郎に対し前払金の返還並に不履行に因る損害を請求したが、遂に昭和二十三年六月三日捨次郎と被告及右訴外井谷間に本件和解条項と同趣旨の和解が成立した。和解について京都簡易裁判所において和解調書を作成しこれを明確にしておくことも条項の一であつた。そして捨次郎自ら代理人を選任してその翌日右趣旨の裁判上の和解をするはずであつたが、差支えのため出頭できないから便宜被告において適当なる弁護士を選任せられたいと通知して来たので、被告から池田弁護士にその依頼があり、同弁護士杉原弁太郎を捨次郎の代理人に選任したわけであり、弁護士法第二十四条に抵触するいわれはないと述べた。<立証省略>

三、理  由

本件裁判上の和解が成立したことは当事者間に争がない。そしてこの和解が捨次郎と訴外井谷正澄との間の生魚粕肥料の取引から生じた紛争を解決することを目的とし、その結果捨次郎が右訴外者に対し損害として金三十八万七千三百十一円を支払うことになつたことも本件口頭弁論の趣旨から明である。原告等は右損害は事実発生しなかつたことが後日明になつたから要素に錯誤があると主張するも、かゝる主張は民法第六百九十六条の解釈上できないことであるからこれを採用することはできない。

つぎに本件和解が捨次郎の代理人として弁護士杉原弁太郎、被告の代理人として弁護士池田留吉が出頭してできたものであること及右捨次郎の代理人の選任は、捨次郎が被告に交付した白紙委任状によつて被告の代理人池田留吉がなしたことも被告の争わないところである。原告等は右杉原弁太郎を捨次郎の代理人に選任したのは被告が勝手に捨次郎の承諾なくしてしたように主張するも白紙委任状を交付するときは、代理人の選任は一応これを一任したものと推定すべきであつて、この推定を覆すに足る証拠はない。なお右弁護士池田留吉が本件和解の基本たる前記生魚粕肥料取引の紛争から本件和解に至るまで被告の代理人であつたことも被告の争わないところであるから、右捨次郎の代理人として杉原弁太郎を選任する弁護士池田留吉の所為が、昭和八年法律第五十三号弁護士法第二十四条第一号に当るか否かという点である。ところが本件和解以前に同趣旨の和解が裁判外において成立していたことは当事者間に争のないところであり、そして本件和解はそれに基いてできたことは原告等も自認するところであるから、本件和解は後日の紛争を回避しこれを確実にする目的をもつてなされたものと見るべきことは経験上明である。それ故に弁護士池田留吉の右原告代理人の選任は被告代理人として被告のために誠実に職務を執行する方法として採らねばならぬ義務であつて、被告の信頼関係を裏切る行為といえないことはいうまでもなくまた弁護士として品位をけがす行為ともいえないから右弁護士法の条項違反ということはできない。

よつて原告の主張はいづれも理由がないから本訴請求はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西村悦蔵)

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